続・ARASHI TIME

二宮さん・大宮溺愛の出戻りOL。思ったことを思ったときに徒然書いています。

超絶個人的な二宮さんの歌の話

どうも、ニナです。

 

気が付けば、色んな方に足を運んでいただいているようで、、、

スターやら拍手(記事の一番下に設置してます)(しれっと宣伝)やら、いつもありがとうございます。

 

昔やっていた時もそうだけど、人間は欲深いもので、自己満で気持ちを吐き出していると理解しつつも、やっぱり誰かに共感してほしい意見を交わしたい、という気持ちは生まれてしまうのだよね。

なので、「読んだよ~!」っていうことだけでも分かると、とても嬉しくなります。

自担への気持ちが重めですが、これからもどうぞよしなに。

 

 

ってことで、これも重めの話(笑)

 

 

関ジュの西畑くんにギターをプレゼントした話から、実はモヤモヤが収まっていなくて。ついに二宮さんの中から音楽が姿を消してしまったのかなぁ、と泣きたくなる気分が続いています。

 

まぁ、たかがファンが口を挟む話じゃあないんですが。何個か前の記事でもつらつらと綴ったように、私は二宮さんの生み出したモノに酷く執着して、「彼が込めた(であろう)モノ」を抽出しようとするところがあります。

これは、「人が物事を成す時、そこには必ず理由がある」という自分なりの理念があって、そこを読み解くときっとその人の思考に一歩近づけると考えているから。

特に、上手いこと煙に巻いて本音を隠そうとする(隠れてないこともあるけど)二宮さんは、そんな思考にとってはかっこうの探求対象なんですよね~。

 

逆に言えば、「行為・生産物にはなーーんの意味もないですよ」って言われてしまうと、散々あーだこーだ言ってきた・考えてきたことが全て水の泡になってしまう。そんなの困っちゃうんですよ。虚無だって言われることほど、空しいことはないんです。

 

つまり、有り難いことに今まで存在していた検証対象であった歌が、二宮さんとの架け橋だと思っていた歌が、急に空っぽなモノになってしまう恐怖となって、今、私に襲い掛かっているのだと思います。

 

「え、そんなの今更じゃない!?」って思った方、

「ただのファンのエゴでしょ」と思った方、

「そもそも憶測ですよね」と思った方、

 

 

私もそう思う~~~!!!!(おい)

 

 

、、、それでもやっぱり、嫌なんだ。どんな理由であれ、あなたの音楽を私たちに聴かせてくれていた以上、「興味がなくなりました」で片付けられると困りますので。ええ。

 

前置き長くなりましたが、この先はダラダラ思ったことを垂れ流しているだけなので、閲覧は個人の判断にお任せします。

あくまで自論で、何の根拠もない憶測なので、ご本人様の意思等は一切関係ないです。

 

オチもへったくれもないよ。

 

では!いざ!(相当気持ち悪いよ)

 

 

「多分、もう二宮さんが楽器に触れているところを観ることはないんだろう」と思った瞬間があって。それがいつだったかなんでだったのかは覚えていないけど、胸のどこかでむくむくと膨らんでいて、西畑くんの一件で顕在化してしまったような。そんな感覚です。

 

お決まりの「二宮さんの意思と判断なんだから、尊重してあげようよ!」という意見が横行する中、私はどーーーうにもこうにも腑に落ちなくて。私が腑に落ちようが落ちまいが、それは事実であり私がどうすることじゃないんだけれども。

 

いやいや、あなた、ギター好きだったじゃない。思い入れのギターでしょ。仮に他にもたくさんあるとか、もっと良いものを買ったとか、そういう事情はあるかもしれないけど、割と年季モノじゃないって。 

ギターを弾く人々の間では、もしかしたら日常茶飯事の出来事なのかもしれない。が、しかし、私にとってはそれをプレゼントしてしまう=もう未練がない、と言っているように見えたんだよ。

 

そうしてラジオで話される「最近は作っていない」の言葉と、あゆはぴパンフのインタビュー。

 

ブログにまとめようと思い立ったキッカケは、このパンフレットです。

ね、今更でしょ(苦笑)

雑誌もそうなんですが、昔っから買って満足してしまって読まずに放置してしまう癖なんです。それに気付いてからは、参戦したツアーパンフも一切買ってません。。。だから、今回みたいな見落としが発生するんだな~。次からはちゃんと買います、すみません。。。

 

じゃあ、その買っていないはずのパンフが何故手元にあるのかと言われると、Miles away(これも今度がっつりしたためるよ)の話が気になってしまい、某フリマアプリで即取り寄せ。そうしたら、私の欲しかった話とは全く違う話題がてんこ盛りで、アッパー食らってノックアウトな今なわけです。

 

パンフレットの中で二宮さんが言っていること。

 

「求められるとやりたくなくなる。そもそも、自己アピールとして作っていたものだから、音楽欲があまりない今は作っていない。音楽を通じて何かを伝えたい、と乗せたい気持ちもない。今の生活とは噛み合わない。」

 

かなりぎゅっと押し込みましたが、つまりそういうことだよね。

これってさ、色々と推測はできてしまうと思うんだけど、

 

二宮和也(もしくは嵐)を認知してもらいたくて作っていた

・認知された後に、手段に興味を持たれると「なんか違う」ってなる

・そもそも認知された今、自分がわざわざ作る意味はない

・プロの音楽をやっている人とは違って、音楽を通じて伝えたいことはない

・時間がない時にまでやることではない   etc...

 

といった考察が頭の中を駆け巡っています。

いやぁ、ねえ、、、、言っていること、言いたいことは分かるけれども、だよ。悲しいし寂しいや、、、(苦笑)

 

この前に記事にまとめたラジオでも言っていたけど、「飽き性」っていう性格は多分大きい。結局のところ、自分で作る音楽への興味が薄れてしまったんだね。ある意味、他の要素でも認知された今、表現は音楽だけではなくなったんだろう。逆に言えば、二宮さんの中ではやりきったのかもしれない。自己表現としての音楽、自分で作る音楽はもうこれ以上作る必要はないと。

 

で、あれば、今、音楽をやりたいと強く思っている人にその機会をプレゼントすべきなのでは。プレゼントしてあげてもいいよな。で、西畑くんの誕生日プレゼントとなった「メリクリギター」(私しか呼んでないよ)。

 

使わない自分より、使ってくれる誰かに渡した方が楽器自身も幸せかもしれないよね。それは、分かる。

 

じゃあ、私はまだ何がそんなに引っかかってるのかな。

私だって、どんなに好きなものでもその中に優先順位はあって、その時の状況によっても取捨選択をしている。だから、当時は好きだった・もしくは大事であった物事がそうでなくなる瞬間はやってくる気持ちは理解できる。

 

端的に言ってしまえば、自分が好きだと感じた彼の一部を、本人から「それは手段です。意味はありません」って言われてしまったことが悲しんだ。とんでもないエゴだなーーーー!!!!

だって、そこに「意味がある」と勝手に感じたのは私で、二宮さんは「そう感じてください」とは一切言ってないんだもん。元々架空のものだったかもしれないものを「これはリアルです」って勝手に言って満足していただけだもん。

だから、今更「こんなに好きにさせといて、嘘ってどういうこと!!」って浮気された女みたいなことは言うべきではないんでしょうよ(笑)

 

ただし、理解するのと納得するのは違うのよ。二宮さんがどんなに「どんな詞も書こうと思えば書ける」と言おうと、それらを書いていた瞬間は何かを考えていたはずなんだ。その気持ちが本人のものだったとしても、本人が否定することは許したくない。だって、私の気持ちが永遠に報われなくなるから。本人がどうであれ、私は確実に感じたことがあって、それは事実なの。

 

と、ここまで自分の気持ちを整理して(こんな支離滅裂でも整理してるのよ)(びっくりだね)、気付いたことがあります。

 

 

二宮和也はいつだってアイドルなんだってこと。

 

 

アイドルは直訳すると「偶像崇拝」となり、つまりは「そこにないものを敬い、祀る」ということ。だから、二宮さんはいつだって私たちに崇拝するための姿を提示してきていたんだ。それが今まで、音楽を手段と提供することが1つの選択であっただけで絶対ではなかった。さらに、その手段そのものを採る必要もなくなった。

と言うことは、私が感じてきた気持ちや想いが別になくなることはないし、正しい間違っているという軸で考えることでもないのですよ。

 

もっと言うと、「自分はプロの音楽家ではなく、アイドル」という意識が少なからず二宮さんの中にあるんじゃないかな。それは諦めだったり不貞腐れる感情ではなく、適材適所の不可侵条約で、アイドルとしての表現を選んだだけなんじゃないかな。

 

面白いことに、「求められるとやりたくなくなる」と言うことは、「求められなくなればやるかもしれない」ってことでしょ?性格悪いんだもんね?(笑)

それに、音楽は相変わらず好きなんだ。ピアノジャックさんの時も思ったけど、インストが好きなのは音の構成に興味があるからなんじゃないのかしらって。詞ではなく、曲を最優先にしたって言うのもそういうことなんだろう。

 

オチもなければまとめるつもりもないんだけど(おい)、つまり私が言いたいのは、音楽を作って楽しいと感じていた気持ちも諸共に「自己アピールでしかなかった」と言いくるめるのだけは許さない。そんな権利はないけれども、ファンとして言わせたくない。ジュニア時代にヒナちゃんに歌わせてた二宮少年は確実にいたんだから。スケッチやファイトソングやエナジーソングを作った二宮青年も確実にいたんだから。無機質に「手段」とは言わないで。

 

ただ、だからと言って、今興味のないことを無理やりやってほしいとは思っていないのよ。「曲、作ってよ!」とも言わない。また「ちょっと作りたいな~」「ファンに聴かせてやってもいいかな~」って感じた時に形にしてくれたら嬉しい。そうしたら、頼まれてもいないのに全力で見当違いな考察するから!私のボケ防止のためにもどうか!

 

余談ですが、、、コンサートに行くと「生歌か否か」を一人で言い当てるゲームしてるのですが(正解はもちろん知りえない)、あゆはぴの二宮ソロは凄く違和感の塊で。

あんなにガシガシ踊るの、本当に久しぶりじゃん、、、!わーいわーい!かっこいいーー!!ってまんまと二宮さんの策略にハマっていたわけですが、一方で「なんで音が乱れない?」とずっと不思議だったの。

それでDVD見てたけど、あーはん、多分歌っていない。生歌の時はフェイクとかどっかしらの音がアレンジされるような気がしているから。つまり、そういうことよね。本気で踊りに集中したんだ。だから、あんなにかっこよくて全編通して細部までこだわりが見られるんだ。どちらか一方に振り切れるその判断力も、悔しいけどまた魅力なんだなぁ、、、

 

ああ、悔しい!もう一生、手のひらでゴロンゴロン転がされるんだろうな。それで、すってんころりん、転がり落ちて行くんだろうな。とほほ。

 

、、、、、ということで、〆ます。(爆)

これは酷い。深夜テンション酷い。

でも、モヤモヤは晴れたので良しとします。やっぱり、言葉にするって大事だね。

 

こんな迷宮にお付き合いいただいた方、本当にありがとうございます。

次はもう少しまともなこと書く。

 

お粗末!(本当にな)